サルコペニアの予防を目的とした栄養療法、再生治療

2024.03.04更新

サルコペニアを予防するための栄養学

タンパク質は筋肉をつくるために欠かせない栄養素です。サルコペニアの予防には、1日に体重1㎏あたり1.2~1.5gのタンパク質を摂ることが必要とされています。大体、体重が60㎏の人ならば、72~90gを1日に摂らなくてはなりません。しかし、例えば高タンパク・低カロリーである鶏のささみを100g食べたとしても、それに含まれているタンパク質の量は23g。1日量の1/3程度しか賄えません。毎回の食事の中でバランスよく、肉や魚、卵、乳製品、大豆製品などからタンパク質を摂ることが大切です。不足分はサプリメントで補充するのも一手です。

そのタンパク質が分解されてできるアミノ酸の中で、体内で合成できない、もしくは合成量が必要に満たないものを必須アミノ酸といいますが、その中でもロイシン、バリン、イソロイシンは特に筋肉を作るタンパク質の材料やエネルギー源となる分岐鎖アミノ酸(BCAA)として知られています。高齢者ではタンパク質同化(タンパク質を作る)ホルモン【テストステロン、エストロゲン、成長ホルモン、インスリン様成長因子(IGF-1) 】が減少して、TNF-αやIL-6などの炎症性サイトカインが増加して来るので、筋肉の破壊が進んでしまう傾向にあります。実際、筋肉量の減少が認められた高齢女性にロイシンを多く含む栄養剤の投与を行ったところ、筋肉量、筋力、歩行速度のいずれも改善したという報告があります。BCAAはまぐろの赤身、かつお、あじ、さんまに多く、鶏肉、牛肉、卵などにも多いので、これらの食品をバランス良く摂取し、足りない分をサプリメントで補給するのが良いでしょう。


ビタミンDはカルシウムと共に、骨をつくるために必要な栄養素として知られています。一方で、血中のビタミンDレベルが低い人は、握力や歩行速度などの身体機能が低いことや、40歳以上の日本人女性ではサルコペニアと骨粗しょう症の発症の間に強い関連があることが示されており、ビタミンDは骨だけではなく筋肉にも作用することが解っています。その機序として、血中カルシウム濃度を一定に保ち、神経の働き良くすることで筋肉を正常に収縮させて、筋力を保つこと、もう一点はがんや慢性疾患、老化などで筋肉量が減り萎縮していく過程をビタミンDがブロックすることで、筋肉量を保つことが言われています。実際、ビタミンDが欠乏している高齢者にビタミンDを補給したところ、下肢筋力の向上や転倒リスクの軽減が見られたという結果が報告されています。
ビタミンDはキノコ類やイワシ、サケ、サバなどに多く含まれていますが、サプリメントもいいです。また、日光に当たると皮膚でビタミンDは合成・活性化されますので、適度な日光浴がおすすめです。


L-カルニチンはエネルギー代謝に深く関わる重要な栄養素です。L-カルニチンは生体内での合成にはリジン、メチオニン、ビタミンB3(ナイアシン)、B6、C、鉄を必要としますが、大部分(3/4)は食事から摂取したものとなります。L-カルニチンの主な働きは脂肪をエネルギーに変えることにより、体脂肪を減少させたり、体重を減らしたりすることですが、L-カルニチンのほとんどは筋肉に貯蔵され、筋肉のエネルギー源として活用されています。また近年では脂肪をエネルギーに変換する際、抗酸化作用により筋肉細胞の障害を抑えて骨格筋を保護する効果が示唆され、サルコペニア予防として注目されています。L-カルニチンは羊肉や牛肉に多く含まれていますが、高齢になると一般に肉類の摂取が減り、食事から補給するのが困難となりますので、サプリメントや薬で補給することもできます。


タウリンはアミノ酸の一種で、血液中のコレステロールや中性脂肪を減らし、血圧を正しく保ち、また肝臓の解毒能力を強化し、アルコール障害にも有効な作用を示します。それだけではなく、最近、国立研究開発法人 国立長寿医療研究センターが保有するデータを解析したところ、65歳以上に限定すると、タウリン推定摂取量が多い人は8年間における筋力低下が少ない人と比べて、半分程度に抑制されていることが判明したのです(図3)。マウスを用いた研究でも、骨格筋中のタウリンが欠乏すると、骨格筋の老化が促進されたという結果が報告されています。つまり、タウリンもサルコペニアを予防する重要な因子であることが示唆されたのです。タウリンはイカやタコ、貝類、甲殻類及び魚類に多く含まれているので、日本人はタウリンを摂取しやすいと考えられますが、近年、食習慣の変化からその摂取量は低下傾向にあると言われています。

京丹後市の高齢者にはサルコペニアと診断された方が非常に少ないという特徴があることが報告され、腸内細菌叢を調べたところ、ラクノスピラ属の酪酸菌が多いことが判明しました。その機序はまだはっきりとしていませんが、酪酸菌が体内の炎症反応を抑えることにより、筋萎縮を減らし、タンパク質同化を改善すること、筋肉におけるエネルギー代謝が効率よく行われ、運動時の易疲労性に対し予防的に働くこと、酪酸が筋肉の遺伝子発現に影響を与え、加齢による筋萎縮を抑制することなどから、サルコペニアを抑制すると考えられています。


腸内で酪酸菌を増やすためには食物繊維、特に水溶性食物繊維の多い食事を心掛けることです。京丹後市の高齢者は、海藻、全粒穀物(玄米、雑穀など精製されていない穀類)、葉野菜、根菜、豆類、イモ類など食物繊維が豊富な食品を毎日摂取している人の割合が高く、運動能力においては握力の低下、歩行速度の遅れが全国平均をかなり下回っています。マウスを用いた実験でも、肉を与えず、豆類など植物由来タンパク質や食物繊維の多い食品を十分に与えていれば、筋肉量が増加しサルコペニアが改善することが証明されています。食事を変えることが難しい場合でも、最近では、酪酸菌を含むサプリメントも開発されていますので、利用するのも一方法です。


同じく腸内細菌の話ですが、2015年にアメリカでマラソンランナーの腸内細菌を調査したところ、ベイロネラ属の細菌(ファーミキューテス門)が座位の仕事をしている人々に比べて多いことが判明しました。更にベイロネラアティピカ菌と想定され、乳酸を唯一代謝する菌としての特徴がみられましたが、その後のマウスの研究で乳酸からプロピオン酸という短鎖脂肪酸を産生することがわかったのです。プロピオン酸は腸から吸収されて筋肉のエネルギー源になったり、その消炎効果により筋肉疲労を軽減したりする作用が考えられていることから、サルコペニアの予防にも効果のあることが期待されます。このプロピオン酸を増やすために、多く含むブルーチーズ(実はこの臭いの元がプロピオン酸)を食しても、大腸に届く前に消化液で分解されてしまいますので、効果はありませ。水溶性食物繊維を摂取して、運動をすることでベイロネラ属菌の持つ酵素が活性化して、プロピオン酸が多く作られるのです。日本でも同様の研究がなされ、長距離ランナーにバクテロイデス・ユニフォルミス菌が多いことが判明しました。この菌はトウモロコシを原料とした難消化性水溶性食物繊維を摂取すると増えることが知られております。また、これらの研究を元に、アメリカでも日本でもベンチャー企業がサプリメントを開発しています。サルコペニア予防にこれらサプリメントを試みるのも一案かと思います。


老化やアルツハイマー型認知症などの加齢に伴う病気の発症にはNAD+(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)というエネルギー代謝に必要な補酵素の低下が関連していると言われています。この前駆体であるNMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)は若返りのビタミンとも呼ばれ、これを摂取すると、高齢男性において筋力が改善するという研究結果が東大病院から発表されました。骨格筋量に有意な変化は認められませんでしたが、歩行速度や握力などの運動機能が向上し、サルコペニアの予防が期待される結果です。NAD+は加齢とともに減少し、50代では20代と比較して半減してしまいます。従って、外からの補給が必要なのですが、食事で摂るとなると、NAD+が比較的多く含まれるブロッコリーでも一日40㎏以上必要になるほどの量なため、サプリメントで摂ることをお勧めします。


最後に筋肉細胞におけるタンパク質同化の刺激因子に注目しますと、先に述べたロイシンという分岐鎖アミノ酸、運動、インスリン様成長因子(IGF-1)の3つが挙げられます。このうちIGF-1は筋サテライト細胞という骨格筋の幹細胞を刺激することで、筋肉細胞に分化、増殖させることが知られています。加齢とともにIGF-1は減少し、筋サテライト細胞はその数や機能が低下してきますので、IGF-1を十分に増やすことがサルコペニアを予防すると考えられています。また、最近ではIGF-1が筋肉細胞の肥大を促進することや、筋タンパク質の分解を抑えることも分かってきており、様々な面から、サルコペニアを予防する可能性を有しています。IGF-1は現在、医薬品やサプリメントではありません。しかし、IGF-1は幹細胞自身が作っているので、例えば、幹細胞を取り出して培養すると、その上澄みである上清液にIGF-1が多く含まれています。その上清液を筋肉注射や静脈内投与することにより、IGF-1が筋サテライト細胞を刺激し、その結果筋肉細胞を増加させるという再生医療が可能となります。現在は未承認医薬品ではありますが、現在既に、医師主導で行われ始めています。高い効果が出ることが期待されています。

執筆者紹介

みなと芝クリニック 名誉院長 川本 徹

1987年 筑波大学医学専門学群卒業
1993年 筑波大学大学院医学研究科修了 博士(医学)
1996年 筑波大学臨床医学系外科(消化器)講師
2003年 米国テキサス大学MDアンダーソン癌センター客員講師
2008年 東京女子医科大学消化器病センター外科非常勤講師
2010年5月より、 みなと芝クリニック 院長
2013年 東邦大学医学部医学科 客員講師
2022年10月 みなと芝クリニック名誉院長
2022年11月 犀星の杜クリニック六本木院長
専門分野 内科、整形外科、皮膚科
認定医・専門医 日本外科学会 認定医
日本消化器外科学会 認定医
日本消化器病学会認定消化器病専門医
日本抗加齢学会会員
その他の所属学会 米国臨床腫瘍学会 正会員
米国癌学会 正会員
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